度量
『度量』は優しさだと思う。
塾関係の講師仲間の先輩女性は『度量』が大きい。
それは折に触れ感じられるのだけれど、最初に感じたのは30年近く前になる。
先輩の車で和歌山に行った。
滝野社インター近くに1泊駐車していた車まで送って貰った時のこと。
私を降ろしても一向に車を発進させない。
不思議に思って「どーしたの?」と近寄ると先輩は「冬場に外に車を駐車していたから、恭ちゃんの車のエンジンが掛からないといけないから。
無事に車が走るのを見届けてからスタートしょうと思ったの」
なんちゅー男前や!!と感心した。
ずっと運転をしてくれた先輩は疲れていて、早く帰宅して休みたいだろうに…
未だ人の心配をしてくれている。
今ならみんな携帯電話も持ってるけれど、当時に夜遅くに、万が一エンジンが掛からず先輩の車が発車した後だったら確かにアタフタする。
いやー、途方に暮れる。
この時から心に決めたことが有る!
私も度量の大きな人間になりたい!と。
未だ未だなんだけれどね。
最近は人を利用しても、自分さえ得をしたら良いと考える人間が増殖中のような…
人の度量って、ちょっとした日常で表れると思う。
人をさり気なく思いやれるかどーか。
このご時世に度量大きくなんて損ばかりする生き方かもしれない。
でもね、そんな生き方を貫けたとしたら、もしかして、私にも僅か一人でも影響を受けてくれる人が出るかもしれない。
自分がちっちゃいなーと感じるごとに、この日のことを思い出すようにしてる。
口では悟ったようなことを言ったり、したり顔で聞き囓った立派なことを知ったかぶりをするよりも、何よりも…
怯まず行動が出来る人が格好いい(*^^*)と思います!
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