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試練

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よく聞く言葉 その人が超えられ無い 試練 は来ない 来る 試練 はその人が超えられるもの そうは言うが本当だろうか?!… 例えば、老老介護で耐えきれずあやめてしまうこともある この辛さは私も分かる また、物凄い裏切り方をされた場合 何とかかんとか乗り越えたようにみえても人間不信になる場合もある 結婚での試練では本人だけで無く、家族もみんな傷つき痩せ衰えてしまっている家族からの相談もある 時々思う そこまでの 試練 は命からがらに何とかクリアしたようでも心が捻れたり、精神を擦り減らし鬱になったり、心が折れたりする それは超えたというのだろうか? それは成長の 糧 と言えるのだろうか? 運気を上げる 成功させる 自己実現する 夢を叶える こういう前向きなための 学びや試練 は有益だろう しかし、人を恨んだり、不信になったり、心神を壊すような 試練 は如何なものだろう〜?!と思ってしまう 言えることは、そうなる前にSOSを出すこと! 1人で抱え込まないこと 助言をもらうこと 吐き出す場所を持つこと そのために 数命士 として末席ででもお役に立ちたいと思います

神や仏

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能登半島に地震が起こり、そして、更に洪水が起こった時にテレビの画面であるおじいが仰っていた。 「 神も仏もいらっしゃらないのか?! 」 あの惨状を見ればその言葉が出るのも無理の無いこと。 どうして、またしてもこの地だったのか? 祟り目にハチどころでは無い過酷過ぎる自然災害。 自然の力の恐ろしさを地震などの災害の現状を見る度にまざまざと感じますよね。 人間の力ではどうすることも出来ない自然の脅威。 只々呆然とする他無い。 宇宙へ行ける位に進化しているのに、やはり人間の力はちっぽけだなぁ〜と非力さを痛感する。 地震や災害はアセンションだ という人もいる。 いわゆる 浄化 だと。 アセンションは、 大地震、津波、ハリケーン 気候変動など甚大な自然災害を 伴ったものとして現れてくるそうな。 しかし、なぜに能登半島? 能登にお住まいの人が行いの悪い人ばかりな訳は無いし。 寧ろ、都会の方が犯罪率は高いはず。 雪国で辛抱強く情の深い方が多いと言われているのになぜ?と思う。 方位が東京から見て凶方がタブル だったという説もある。 しかし、それにしても復興は進まないことにしても如何なものか?!と思えますよね。 神様や仏様 はいたずらに試練を與えられ無いだろう。 ならば、能登半島だけが不幸で終わるのでは無く全国的に試練を与えはじめられたのかもしれない。 はじまりだったのか? 能登半島はまるで 龍の頭 のよう。 今後はどこで誰に起こってもおかしくは無いのかも? 脅すわけでは無い。 ただ、何かを学ぶとすれば・・・ 私達に出来ることは当たり前に来ると思っている日常がいつ終わったとしても後悔の無いように日々を生きるしか無いね。 感謝をしつつ。