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名義

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先日の刑事ドラマはある男性が 名義貸し で堕ちていき、最後には自死する内容。 その男性は大学を出て意気揚々と入社したが会社の不振から解雇となり社宅を出ないといけなくなる。 バイトをはじめるが将来が不安と恋人が去っていく。 そして、奨学金や家賃のために 名義貸し をはじめる。 すると、その人のリストがやばい業界に流れて次々と携帯電話の契約や保証人などの名義貸しなどを足元を見られて安いお金で受けまくる。 すると、その業界からもお払い箱になってネットカフェ生活も無理となり最期は社会に不満をぶつけるように自死する。 このドラマを観て思った。 数命士 恭ちゃんとしては一番ダメだと思ったところは最初に 名義貸しをしてしまった ところ。 そこを踏み留まるべきだった。 簡単に考えてやってしまったのかも知れないけれど、 名義貸し とは 自分自身の看板である姓名を貸す ことに通じる。 お店をしていてお店の看板を貸すということは、もはや廃業を意味しますよね。 じゃ、 自分の名前(看板) を貸すということは 自分を廃業 すること。 そういうことだと思いませんか? コンサートチケットを取るために応募ハガキを書いて欲しいとか代わりにお店を予約しておいてなどの代役とは話が違う。 しかし、少し前にこの手の相談をしてくる人がありました。 「この人に名義を貸したら何パーセントかのお金が入るって話が有るんですけど、この人は信用の出来る氏名か鑑定して下さい」と。 はぁ~ん?! 呆れました。 名義を借りる、つまりは何らかの事情があるから貸してくれと言っている訳じゃないですか?! 自分の名前では出来ない危ない仕事か、後ろめたいことをするのか…何にせよ、全うな筈が無い。 それを 信用出来る人かどうかを鑑定して欲しい って?!…呆れます。 もちろん、鑑定するまでも無い!! 鑑定などせずに突き返しました。 目先の何パーセントのお金じゃない、大きな代償を受ける。 当たり前です。 僅かなお金で 自分の看板 を人に渡してしまうのだから、その先の未来なんて有ろう筈もない。 この人からの数命鑑定は何年かは一切受けるべきでは無い!と決めました。 どうして、 自らの大切な姓名を粗末な扱いをするのだろう?! 哀しい。 今まで鑑定していた言葉は何も響いていなかったということだと分かり哀しかった。 私の無力さに...

強運の星の下に生まれる

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数命判断 をしててもそう思うけれど、赤ちゃんの 命名数命判断鑑定 をしていて、つくづく思うことがある。 それは、 持って生まれた星の下 について。 まず、私の元に 鑑定依頼 が来る上で待ちに待って生まれて来た存在。 命名 から力を入れてもらってる証拠でもありますよね。 ある有名アイドルご夫妻はお子さんに何十万円も支払って 最高のお名前 を命名。 そして、そのお子さん達は大人になって超活躍中。 何十万円払っても、その金額なんか速攻取り返して余り有り過ぎ!! また、この特徴もある。 両親、両家の祖父母やおじおば等が先を争って財布を開けたがるというラッキーさ。 遺産運も四方八方から。 愛情をたっぷり受ける星の下に生まれる、そこに生まれたことが既に強運! かたや、生まれた時に捨てられたり、疎まれたり、暴力を受けたりする子供も居る。 世の中には戦火に生まれ子守歌が銃音という子供も居る。 全く生まれながらに 星の下が違う 。 これを 宿命 というんですよね。 それを受け入れて、そこから 運命 を自らの努力でどう軌道修正していくことですね。

祈り

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毎年2月には色んな人からの相談が多い。 それも、今までも2月に来る相談事は身に余るようなことばかり。 「親友が危篤なのだけれど救って欲しい」 「娘の登校拒否を助けて」 「親の病気が難病指定で」 「家族の病気を何とかして欲しい」 「詐欺に合いました」 「夫に変なモノが取り憑いたみたいで」 みたいな相談が次々と。 そんな特殊な力も無いし、医者でも無いし、御祓い屋でも無いからね(^0^;) そんな看板出した覚えも無いしね。 よくは分からないが、どれもが人力を超えたものばかりで・・・。 で、恭ちゃんの愛読書に書かれている文章の一節を思い出した。 「 毎日、毎日祈る 祈りは本当に効く 。 祈りは尽力を超えた不思議な力を含んでいる。 祈るということは意味がある 」と。 とにかく、頼られたのも何かの縁かもしれないので、朝晩に祈ってます。 私の祈りで何か出来るのか? 傲慢では無いか? とも思ったりもしますが、生徒の受験のことも毎年必死に祈ってるし、こーなったら小さくケチなことを言わずに、祈っちゃえ!! と毎日朝晩祈ってます(*^^*)

筋を通す

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筋を通すか通さないかは人の信用度をはかる のに重要ポイントです。 数命判断 の鑑定以来、アフターをずっと依頼されてきてる人で直接に連絡を取ろうと思えば取れるけれど、ご紹介して下さった方を通し続ける人がいらっしゃる。 若くても必ずこのスタンス。 私はこういう人は 信用出来る と思います。 間に入る人に面倒をかけるからとおことわりを入れてから、直接の連絡に切り替える方も 信用 出来ます。 しかし、インスタなども観て直接にその人の名前を語ってダイレクトに連絡を取る方が稀にいらっしゃる。 最初だけでも 筋を通す のが当たり前だと思うのにいきなり。 そういう方は私の経験でも周囲の人の話でも後々に無責任なことをして迷惑かけたりしてドロン。 トラブルメーカー の確率が高い。 少し前にご依頼をしておいて 数命判断鑑定 が完成してからお金が無いからとキャンセルしてきた人もこのタイプでした。 筋を通せない人 は何ごとにおいてもルーズだったり、勝手に人の名を語ったり、お金問題など次々と起こりがちです。 だって、はじめだけでも 紹介してもらう という形を取れば済むだけのこと。 そして、お礼を言えば済む。 それを ダイレクト にするというのは何らかの要因がありますよね。 後ろめたいか、人にお礼を言えない姓格か、悪用するつもりか、何らか… いつの時代でも 筋を通さない人は用心!! これは1つの 信用度数をはかるリトマス紙 になります。

器用貧乏

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昨日、この話になりました。 『器用貧乏』 。 不器用な私からすると、何でも要領よくサクサクと熟す人は「器用でいいなー」と羨ましくあります。 しかし、 器用は器用でも器用貧乏 となると話は違うのでしょう。 よく聞く言葉通りですが… 数命判断 的には 総格に42画 (姓名の全ての画数のたした数)がある人は 器用貧乏 と鑑定します。 器用 であれば、学生時代は楽に過ごせるし、また妻や母となった時に何でも器用に出来れば重宝がられる。 そして、職場でも役に立つ。 しかし、そこに 引っ掛かり はじめると悶々としはじめることも有るでしょう?! 器用貧乏 症候群。 良いように 利用 されているような気持ちが沸々と沸いてくると超虚しさに襲われる…らしい。 一体、自分は何? 人のためにばかりの人生だ。 報われない。 そう、ここに目を向けずに知らぬが仏の如く生きてしまえば楽なのに、 気付いてしまうと辛い 。 スターと付き人 レギュラーとマネージャー メインとサブ 選手とチアや応援団 社長や議員と秘書 教授と研究員 スポットライトを浴びる方と 支える縁の下の力持ち …となると自ずと収入にも評価にも知名度と共に差が現れる。 この関係性において、必要なのは スポットライト側の人間の感謝や配慮 次第。 と、なれば 器用貧乏では無く器用で“かけがえのない存在” として立てて貰ってる側が理解を示せるかどーかにかかる。 報われるか報われないか?! それならば、 器用貧乏 だと思うなら、それは支える相手を間違えているということ。 器用得 だと思わせてくれる人に尽くしているかどーか。 一点、そこね(*^^)v

唯々諾々

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受け入れる ことは難しい。 例えば 引退 とか。 山口百恵サンのマイクを置く的な。 才能もあって、未だ未だやれるのに身を引くこと。 一代で築かれた会社を継承者へ譲る引退。 なかなか執着があって潔い引きは難しいと思われますよね。 芸人さんでも若手に譲って身を引くこと。 また、アイドルから方向性を変えて脇役女優などへとか、タッキーのように裏方へ回るとか。 卒業 や 定年 があれば否応なしに 身を引かされる けれど、『 自ら引く 』って本当に困難を伴います。 ウグイス嬢メンバーとも「いつまでもマイクを離さないのは見苦しいよね」と。 婚礼司会業も 30歳代花形、40歳代は影アナ やお葬式司会へ、 50歳代は引退 と言われていたのに、私は55歳位まで現役でやらせて頂きました。 大好きな仕事なのでマイクを置くのが未練タラタラでしたが、 コロナ が第一線を引くきっかけとなれて見苦しいこととならずラッキーでした。 これからは ウグイス嬢や式典などの司会 をもう暫くは依頼が有るうちは受注していくつもりですが… 未だ未だやれる! と思えるうちに私は引ける勇気が大切だと考えます。 しがみつくことを素晴らしいととられる方もあるかもしれませんが、迷惑を掛けてからでは遅いですからね。 取り返しのつかないことも有りますから。 唯々諾々 と。 受け入れる 生き方を潔いよいと思います!

81%と98%

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姓名判断 は 81% の確率と言われる。 そして、音楽などの才能は 98%のDNA だそうな。 負けてますがな…(笑) 姓名判断も生年月日でも同じような結果が出るのでどちらにせよ80%程度。 それに比べて98%と来れば、もはや完結的で手の施しようが無いように感じられる。 そう思えば、 姓名 にはまだ望みが感じられますよね。 結婚して名字が変われば数年後には変化が現れるし。 芸名や通称名などの緩和策も有ります。 しかし、才能的なDNAの98%にはぐうの音も出ない感じですよね。 努力では太刀打ち出来ない壁を感じる。 ならば、そこをぼやくよりも開き直って、出来る対処策を施して大難を小難にするという可能性のある手立てを試みる方が圧倒的に得策ってものでしょう。 先ずは 自分の運気 を知る。 それに添った生き方をする。 明るく過ごす。 感謝をする。 全うに生きる!に限りますね(*^^*)