投稿

負の転換期

イメージ
私は 負の転換期 というものがあると思っています。 例えば、今いる職場で不平不満ばかり言いながら過ごしている。 お互いを罵り合いながら子供のためやお金のためと言いながら憎悪に満ちた毎日。 マウントを取る人の顔色を見ながら、正しいことも言えずに苛めを見て見ぬふり。 こういう状況が続いているのに動けないでいると、運気をタダ下がりになり拗らせてしまいます。 運気が下がっているのにジタバタしたところで誤解を生む。 お互いの悪い面ばかりが強調される。 これを続けていると体調不良へと繋がり、 自分自身のことを嫌い になってしまう。 これは 負の渦潮の中をぐるんぐるんしている 状況なんです。 もう少し頑張ったら、もう少し辛抱したら、あと少し耐えたら… と楽観的な展望を持ったとしても、そんな時期は来ません。 そういう根性論は 自分自身との戦い の時の話であって、 負の環境の時の話 ではありません。 その 負の渦 から脱出すべき。 つまりは 負の転換期 の標です。 勇気をもって脱出すべき時期になっていますよ!!

後ほど怖い

イメージ
小学6年の頃だったかな? 『 仏教会 』と言って、夏休みにお寺へプチ修行に行くという体験がありました。 お掃除や正座をしたり、講演に来られたお坊さんの 法話 を聞くのですが、今でも夏休みになるとその時の話をざっくりとですが思い出します。 それが『 後ほど怖い 』という話でした。 うろ覚えのところもあるのですが、要約すると、こんな話でした。 ………………………………………………………………………… 5人組のいじめっ子達がいるとします。 そのいじめは酷いもので、いたずらといったレベルでは無く、いじめられた子の魂を傷つけるものでした。 その子は学校にも行けなくなり辛い毎日を送っていました。 その子のお姉さんは御住職に言いました。 「なぜ、神様や仏様はいじめっ子達にバチを当ててくれないのですか?」と。 御住職は「待っていなさい!と。 すると、いじめていた子達には成長するに従って自業自得と思われるようなことが次々と起こった。 すると、そのいじめられた子のお姉さんがまた、御住職のところへ来て言った。 「いじめっ子達にバチは当たってるのかもしれませんが、1番の首謀者のいじめっ子達のリーダーだけは何にも起こらず平気に暮らしています。 どーしてですか? 私は誰よりもあのいじめっ子のリーダーだけは許せません。 仕返しをしたい位です!!」 それに対して御住職は仰ったそうです。 「まぁ、待ちなさい。 後ほど怖いのです 」 そして、暫くするといじめっ子のリーダーに目も当てられない程の厳しいことが起こったそうです。 ………………………………………………………………………… 子供時代の記憶なので、不確かな部分も有るけれど、私は幼いながらに思いました。 直ぐに当たるバチはしれているんだな。 後から来るバチ ほど怖いものなんだ!と。 今、振り返ってみれば・・・ この話は御住職はお姉さんのために敢えて、そう仰ったのかもしれません。 また、本当のところは神様も仏様もバチなど当てはされない。 単なる自業自得だったのかもしれない。 しかし、私はこの説に賛同! 無くは無い話だなぁと思います。 リーダー格が怖くて弱い心でいじめに加担した子には 思い違いしてるよ という小さな試練やお試しで軌道修正が図られる。 しかし、 他人の魂を傷つけるような悪 を行っておいて平気な人には 自業自得 なこ...

ヒーロー

イメージ
ずっと、いや昔からヒロインになりたいと思ったことは一度も無い。 誰かに幸せにして欲しいとか。 誰かに大切にされたいと思ったことも無いというか、そんなことは思いつきもしなかった。 むしろ、誰かの ヒーロー になりたかった! 誰かの役に立ちたかった。 誰かに必要とされたかった。 つまりは内面には女子要素は元々に無いってことなのか。 おばさんを越えて、おじさんの域に幼い頃からなっていたのかも?しれない。 この ヒーロー になりたい!は際限が無い。 3年前に私の血液が珍しいものと分かってからは出来る限り 献血 に行くようにしており、今日も 献血 に行ってきた。 ショボい ヒーロー ですが、小さな一歩!! 父親を見送った後に献血で判った珍しい血液なので、希少ならリスクはあっても 骨髄移植 の ドナー登録 をしようか?!と思ったら年齢制限に引っ掛かった。 残念で仕方ない。 陰ながらで、たった一人の人に対してでも ヒーロー になれたのにと悔やまれる。 あとは万が一の時には全ての臓器を移植意志を免許証の裏面には記しているが、それも年齢制限のタイムリミットも迫ってる。 ヒーロー になりたく無いという人でもコロナ禍では血液不足らしいです。 献血 すれば血液検査も無料で出来ます。 皆さんもよろしかったら是非(*^^)v

触るべからず

イメージ
このお家に引っ越しをした時に旧家から 神棚 を移すのにある方にお願いしました。 その方は神事に携わっていらっしゃる温厚なおじいさんでした。 いつも穏やかでニコニコと笑顔。 母とも「こういう方が神様に好かれる人だろうね~」という印象の方でした。 脳の手術からの後遺症で家で介護をしていた父親が行方不明になった時も居場所をドンピシャに言い当てて下さった恩人です。 この方が最初に我が家にお越しになった時に大切なことを教えて下さいました。 このブログにも書きましたが空っぽの壺や瓶を上向きに置いておくと 魔が入る から何かを入れるかうつ伏せにすべきという話。 大切なモノを始末する時の方法とか。 (これはまた、いずれに書きますね) その時におじいさんが仰っていたのは 岩や石 には念が入っていたり、その昔は何に使われていたかが分からないからむやみやたらに 触れない こと。 この話を聞いて幼い頃に聞いた話を思い出しました。 それはご近所の100年位前の話です。 家族中が原因不明の病に次々と倒れられて、藁をも摑む思いで拝み屋さんにお願いされたそうです。 するとね、その家のお婆さんが家の裏の竹藪に転んでいた丁度手頃な 丸い石 を2個持ち帰り漬物石にされていたそうな。 実はそのお家は何代か前には蔵が幾つも立ち凄いお金持ちだったそうで。 そのきっかけはある時に高貴な方の警護をしていた武士が野垂れ死んでおられたのを手厚く家の裏の竹藪に葬って 丸い石 を積んで弔い石碑にされたらしく。 そこから急にそのお家は繁栄で立派な書院造りのお家に蔵が立ち屋号が付くほどの栄華を極められたらしい。 そこから代を重ねるにその竹藪のことも放置状態となり、そのご先祖の功徳も伝承されなくなってしまったに伴いそのお家もスッカリ落ちぶれた。 蔵も全て無くなり細々と生活。 挙げ句にその 丸い石 を積んだ弔い石碑を漬物石にしてしまっていた現状。 拝み屋さんからその話を聞いたご近所さんは慌てて漬物石にしていた丸い石を綺麗に洗って竹藪の中に積み直された途端に家族中の原因不明の病はピタッと治癒。 この話を曾祖母から幼い頃に聞いていて、そういう不思議なことってあるのね…と思っていました。 それを思い出しました! スピブームで 磐座をベタベタ 触ったりする方も多いですが… パワーやエネルギ...

艶

イメージ
先日、面白い言葉を聞きました! 『 金運や仕事運のある人はキラキラしてるんでは無く、みんな艶々してる 』と。 また、『 仕事や商売で成功している人は必ず艶がある 』とも。 なるほど! そりゃそうですよね。 活躍している芸能人や財界人は艶々してるし、失敗して夜逃げでもしようかという人はどんよりとしょぼくれてるのに相場は決まっていますよね。 卵が先か鶏が先か… 道具が先か腕前が先か… 格好から入るか実力から入るか… それならば、 先に艶から入る のも方法ではありますよね。 さぁ! 皆さん。 アクセサリーや持ち物のキラキラ感よりも、先ずは 自分自身に少しお金を掛けて、艶々してるお肌 を作る。 少し ヘアケア商品をランクアップ する。 マメに 美容院や散髪屋 さんに行く。 爪先のお手入れ をする。 温泉やサウナ に行く。 エステや施術系で自分自身に手を掛ける。 魂が喜ぶ場所へ行く。 心が豊かになるライブやコンサートや講演会 に行く。 などなどの方法で自分自身へモノのご褒美では無く、 自分自身を磨くご褒美 を自らに与える。 そして、 金運アップ に繋げましょう!!

ピッチのマッチ

イメージ
数命判断 においてに独身者さんからの質問頻度が高い関心事。 「どんな異性が合いますか?」 この質問に対して持論が有ります。 時間の流れのペース、リズムの合う人、生き様の ピッチ が自然と合う人!! これは大きな要素ではないでしょうか?! ピッチ が合ってるか?は重要項目!! どちらが無理をして合わせていたりするのでは無くって、あくまでも自然体で合う。 好きになれば合わせていることにも気付かないとか。 合わせることも楽しいと捉えたり。 自分に嘘を付いて合っていると思い込もうとしたり。 それは長くは続かないし、どこかで歪みが生じてくる。 隠していても相手には伝わるだろうし。 サイズの合っていない靴ではイキイキと闊歩出来ないのと同じようなものかな?! ピッチが合っているか?! の視点で見てみることは重要だと私は思います。 そして、それは 数命判断 でも出ます!

金運アップ考

イメージ
我が家の山梔子(ガーデニア)が全て裏向きに黄色い花を咲かせている。 「クチナシ(口なし)」→裏返す→「口あり」?! しかも、黄色と言えば金運(≧∇≦)b これは良い兆しか?!(笑) 私は24年間も父親の介護・闘病の日々と、ずっーと生活費と父親の入院費に追われに追われまくっておりました。 今年は三回忌。 やっと入院費に追われ無くなったらコロナ禍と厳しいのは変わらずですが、それでもお金を掻き集める日々からは抜け出すことが… で、今となって気付けたことがあります。 それは、お金の苦労をしてきた私は根性が捻り曲がっていたのかも?しれないということ。 例えば、私は独身。 そうすると、若い頃から友人に結婚・出産・子供の入学卒業成人式等とお祝いごとに冠婚葬祭の出費をするばかり。 貰うことは無い(私のせいだけどね)。 お金に余裕があれば良いが、苦しい中を出してばかりだと辛くなる。 そこには全く無関係な話だが、相手が豊かだと友人付き合いもしんどい。 まぁ、器の小さい人間でしたわ(笑) 出す分のために節約しながら働き通しの私にとってはお祝いなどは高額な金額。 しかし、相手が豊かだとその金額も値打ちが低い金額で喜びも感謝も薄い。 ここに『 無等価の現象 』が生まれる。 しかし、やっと気付けた! お金は出した所から 等価 を返して貰おうと思うとダメ。 これが世に言う「お金は天下の回りもの」! 『呼び水ならぬ呼び金』理論! 先に出す ! 呼吸 という文字も 呼 が先で、後に 吸。 出す が先で 吸う があとにくるもの。 更に 欲の紐 を付けない! 気持ちよく旅立たせる!! 出来る範囲でサクッと手放す。 そうすると、全く違うところから返ってくるというか回ってくる。 繁栄されている会社の社長さんが「 厄落とし 」風に周りにぱっ~と出される理由が分かります。 そういう社長さんの会社はまた何倍も儲かる! 私もお金の使い方を少しずつ変えようと心掛けています。 何せ超零細なのでどんどんとはいきませんが、出来る限りの気持ちの良い手放しを! そして、 金運アップを !!