投稿

4月, 2023の投稿を表示しています

数命判断とは予報士みたい

イメージ
最近に 数命判断 を頂いた20歳代後半の女性は結婚を意識するお年頃。 しかし、数命判断としては姓名・生年月日共に今年、来年、再来年は 運気の冬の時代 です。 この年齢で3年も先に結婚を延ばすことは有り得ない!となる。 確かに冬の運気の時に 種まき をしても花も咲かねば実りも期待は出来ないとなる。 だから、エグい!!となる。 確かに決して良い時期では無いと開運は難しいことは確かです。 例えるなら 数命士 恭ちゃん は天気予報士ならぬ 運命予報士 みたいなモノです。 データを元に「明日は雨です」と言った場合に 明日の行動を決めるのは自由 です。 ・雨ならお買い物を辞めて延期する ・雨ならレインコートに雨靴でお買い物へ ・傘をさしてお買い物に行く ・ネットショッピングにする ・車に乗せて行ってもらう ・買って来てもらう 色んな選択肢がありますよね。 ただ、何も考えず薄着でヒールでお買い物に出掛けたら、ずぶ濡れで風邪をひくかも?または、滑って転ぶかもしれない。 闇雲に延期しろ!と言っている訳では無いんです。 それを雨具を用意するとか、他の方法を考えて難を逃れる方法を提案してるだけなんです。 それを選ぶのはご本人です。 ・3年間の恋愛期間を楽しむ ・同棲する( 今の時代ならそれも選択肢 ) ・半同棲でリハーサル期間にする ・入籍を して結婚式を3年後にする ・運気を理解しつつ 心掛けて結婚生活を ! などなど、 運気の流れを分かって生きる のと何も考えずに行き当たりばったりとでは大違い。 怖がり過ぎる必要も無い。 ただ、対策をして難を逃れて開運をするという風に『 数命判断 』を活かしてもらえれば!!と思うわけです。

幸せの基準

イメージ
昨晩のノンフィクションなテレビ番組で話題になっていた言葉。 幸せの基準 。 幸せの基準は人それぞれ。 それは正にそうですよね。 結婚する幸せ。 結婚しない幸せ。 子供を持つ幸せ。 子供を持たない幸せ。 仕事をする幸せ。 安定した生活の幸せ。 自由のある幸せ。 仕事をしない幸せ。 お金持ちになる幸せ。 お金より心を重要視する幸せ。 離婚する幸せ。 添い遂げる幸せ。 人それぞれ、本当に 幸せが違う 。 だから、例え親であろうとも 幸せは違う かもしれない。 だから、親が敷くレールへの道がしあわせとは限らない。 また、世間のいう幸せや友達が言う幸せが普遍的なモノとは限らない。 だから、 自分の幸せは自分で決めたらいいのよね。 人の物差しで測らない。 他人の幸せにブレさせられない。 人に幸せを委ねない。 自分の幸せを人に乗っ取られ無いこと!!

氏神様

イメージ
私は生まれ育った土地に住み続けていますので、 氏神様=産土神様=鎮守様 です。 それが 『河上神社』様 。 お参りすべきご神縁が分かり易いのでありがたいところです。 しかし、転校・転勤や引っ越しなどの多い人の場合は迷うところですよね。 どこへお参りすべき? 産土神様が遠方だったりすれば、簡単にはお参り出来ませんしね。 これは、私の考えですが… 話題にのぼってる神社やスピ界ブームの神社へ右往左往しては「呼ばれた」と騒いでいるのは違うんじゃないか?!と思います。 住まいのお近くで 日常生活を見守って下さっているお社 にお参りに上がられるのが良いのでは無いでしょうか。 そして、帰省の時に産土神や氏神様へ御挨拶に。 そして、ご縁のあるお社へは 節目に 感謝をお伝えに上がる。 固く考え過ぎずに神様と仲良しにならせてもらう気分でブレ無いように自分の軸を取り戻す時間にして下さいね。 私は 『河上神社』様と仲良しだと思い込んでます(*^^*)

意外性の+-

イメージ
意外性 は良いモノとしても悪いモノとしても有り得ます。 私は塾の仕事では最大限にそれを計算して活かしています。 例えば、よくある現象なんですが。 皆さんにも経験あるかもしれませんが… 優しいと思っている先生が酷く怒ると 予想外 の マイナス が起こります。 優しいと思っているからこその期待外れ感が一杯でガッカリが大きい。 それに反して超怖い怖いと思っている先生の人間らしいプチ優しさを垣間見ると妙に好きになりませんか? そこなんです。 期待外れのマイナスも 期待外れのプラスも 普通の場合より 大きく感じる。 だから、優しいと期待していた先生が怒る 期待外れの-は増大 する。 で、たった一回の怒られたで嫌いになることもある。 怖いと思っていた先生が優しいと 予想外の+が増大。 ずっと怖くて嫌と思っていたのが、たった一回の優しさで好きになることもある。 これは 人間の心理 です。 これを活かして 『きょんきょん塾』 は敢えて中学1年生には 超厳しく仕込み ます。 そして、2年生には普通の 厳しさ 。 3年生になるとフレンドリーに接して、生徒の自主性を重んじます。 これを反対にしてしまう人は失敗する可能性があります。 そうすると思春期の生徒は反抗したり、教師を嘗めたりと弊害が起こりやすいです。 これは全てのことに使える 心理学 だと思います。 優しい上司や先輩が怒ると 予想外 の心理から「なんで、そんなに怒るの?ムカつく」となる。 それは 期待を(優しいと思っていたことの期待)裏切られた ようでムカつく。 反対に怖いと思っていた上司や先輩の意外な面をみると「こんなお茶目さがあるんだ!なんか、可愛い~!!」なんて風になる。 他の人が知らない一面を知ったようで、親和感が高まる。 予想外の優しさはお得感を生む。 だから、新人を育てるような役目が来た場合に 最初が肝心。 はじめの指導者 が優しいと新人育成を失敗する率は高い。 昔の塾の同僚の話。 はじめに優しくされたために生徒に嘗められて収拾が付かなくなり、クレームが来て厳しくすると反抗されて授業が成り立たなくなるクラスが幾つもで辞められました。 意外性の失敗バージョン です。 部下や後輩指導にも通じるコツです。 ちょっとズレてる話かもしれませんが、 釣った魚に餌を与え無い のもこの失敗例とも言えるかもしれま...

モテ期

イメージ
モテ期 は誰にでも訪れるそうです。 懐疑的な恭ちゃんですが… よく、 運命の人は生涯に3人居る なんて言いますよね。 それに対して異論を唱える人もいる。 「3人もいなかったわ」 「モテ期は無かったわ」 さぁ、そこでです。 人は好みのタイプから果敢なるアプローチを受けたら モテ たと思う。 また、周りが騒ぐようなイケメンがわんさか寄ってくれば モテ たと自覚する。 しかし、誰しも全く興味の無いような人が寄って来ても、それはモテたとはカウントしない傾向にある。 だから、 モテ なかった!とか モテ期 到来せずとなる。 でも、一説によると厳密には 正当なモテ期(3人)、不本意なモテ期(3人) の計6人という説があるとのこと。 でもね、パートナーが既に居たり既婚だとスルーされることもあるので計数合わずともなることも。 しかし、例外は必ずあるものです。 私も基本知識と思って 手相 も勉強した。 そこで、あの 有名な小指根元の結婚線 が全く欠片も無い私。 両手共につるんツルン! そういう例外もあるので一概には言えませんが、視野を広げることで意外な モテ期到来 があるかもしれませんよ。

マンション鑑定

イメージ
最近に増えているのが マンション購入やマンション引っ越し の鑑定。 こんなことも出来ます。 マンションの名前や番地や階数や部屋番号 の鑑定依頼もお受けしています。 不思議とね 鑑定して良い所へ引っ越される とトラブルも無く順調で快適!と。 それに反して 悪い鑑定を押し切って 引っ越しされると転勤になったり、リストラになったり、ご近所トラブルが起こったりと… 結局は再度引っ越しをすることとなり“引っ越し貧乏”になったりされるようです。 急がば回れ!とはよく言ったものね、焦ることは却って損を招く。 これは遥か昔の話で私が鑑定をはじめる前の話です。 私の同級生はご夫婦でバリバリと働いて高収入で、まるで大根を買うように元都だった地域の新興高級住宅地を購入して新築豪華新居を建てて引っ越した。 引っ越して間もなく、旦那さんが「コーン🦊」と鳴き始めて日の当たらない部屋に引きこもって日常生活が出来なくなった。 あんなに格好良くスーツを着熟しバリバリと働いていた旦那さんが?!とびっくり。 そこからはずっと引きこもったままで奥さんが頑張って夫子を養って30年。 女性のお家の遺産も入って何とかやって来れましたが… ありとあらゆる御祓いや試せることは全てやったらしいですが、引きこもったままで改善されず。 しかし、その家の建てられている場所は歴史のある街だけに曰わく付きではあったそうですし、 番地も最大凶 ではあったことは後々に分かったけれど、引っ越すことも出来ずに今日まで。 引っ越す時には マンションの名前や番地や階数や部屋番号 なども大切な要素です! 引っ越した途端に名義人が病気や転勤、家庭内暴力や揉めごとが起こる場合はご縁が無い 土地 ということもありますから気をつけて下さいね。

ヘアースタイルで運気アップ

イメージ
昨日読んだ心理学の話に書かれていた内容は『 ヘアースタイル を何年も変えずにずっーと変化の無い人は頑固でフレッシュさに欠けるので運気が低迷しやすい』と。 それを読んでの偶然にも美容院を予約していた私は単純に影響を受けました(笑) 予約制だけれど、前のお客様が延びていたので珍しく ヘアーカタログ本 を手にしてみました。 何十年と実は私は ショートボブ のワンパターン。 一応は前下がりや後下がりや段を付けたりとはしつつも… 生まれてから、いや7才くらいから延々と長さはいつも肩までの長さです。 50年近くも肩より髪が延びたことは皆無。 確かに生年月日的にもショートが運気アップと言えども、頑固髪形にもホドがある(^0^;) で、今日は細やかな変化を! 皆さんは気付かない程度ですが 『前髪を分け目の無いボブ』にしました(笑) 髪形を変えようにもロングにはなりませんしね、とりあえずの変化を試みました。 皆さんも、もし運気の低迷を感じるなら 髪形を軽やかにして片耳でもいいので、耳を出す髪形 にすると今年は運気アップになるようですよ(*^^)v

時間泥棒

イメージ
最近になって知りましたが… 『 時間感覚に支障 』がある病気があると言うことを。 私の知人で今までに待ち合わせに一度も時間通りに来れない先輩がいます。 頭も良く、優秀な人ですが必ず遅刻されますので昔は2時間位待たされるのは当たり前でした。 私も慣れて来て、その先輩と待ち合わせの時は本を持っていく。 早目には行かずにオンタイムを目指す。 それでも、30年近く辛抱強く接してきたら、最近では20分位の遅刻のところまでに到りました。 早く起きても、モーニングコールをしても、予告DMを送信しても遅刻しないことは無理なようです。 サラリーマンは無理で個人でお仕事をされていますが、ずっと 時間感覚が 変でした。 私は別に会ってランチをする程度なのだから、予約さえしなければ支障は無いし、本を読む時間が作れると思えば済むことなので、私は交流を続けてきました。 しかし、心の中で時々は思っていました。 「私だから許されるけれど、100%遅刻をするのは社会人としては成立しないよな~」と。 学生時代から超優秀だけれど、提出物は全て間に合った試しが無かったと。 今日までよく生きて来れたモノだなぁ~と感心しておりました。 しかし、最近にそんな病気があると知り目から鱗でした。 納得の出来ることばかり。 しかし、その先輩は 不運続き 。 次から次へと 不運 なのです。 今はどん詰まりのようで最近は長らく会えていません。 昔に 時間を守らないことは時間泥棒 だと聞いたので、私は早目の行動を心掛けているのですが… 今更ながらに 時間が守れない病気 だと知らなかったとは言え、私は先輩に注意をしたことも無く許してきた。 いや、諦めてしまっていた。 この行動は果たしては良かったのか?! 「そういう人なんだ!」と私が許したことが先輩の病気を助長したのかな?と自責の念に囚われたりもした。 時間泥棒 は運気を下げると知りながら、注意をしなかったことは本当の優しさでは無かった(>_<) 数命判断 でもダメだと気付いても遠慮してしまうこともありますが、後からは取り返しの付かないこともある。 言うべきことは言わなければと最近は思っています。

運の無い人の特徴

イメージ
運の無い人の特徴 は 人の話を聴かない ! これは共通して言えることです。 拘りがあって、周囲の人からのアドバイスや助言を聴いても尚、信念を貫くなら素晴らしいことです。 また、アドバイスを聴いてみても今のところは出来ないとか、時期尚早だからと慎重になるのも、その人の個性です。 しかし、私の言っているのは 頭っから聴かない 人のことです。 そのタイプの人のことを言ってます。 誰しも耳の痛いような話はしたくも無い。 しかし、敢えて嫌われる覚悟で言ってくれる人は言葉を選び、タイミングを図り、少しでも伝わるようにと噛み砕いたり、時間を裂いて伝えてくれるのです。 それを全部スルーしていく人。 都合の良いことしか耳に入れない人。 軽く捉えて適当に流す人。 こういう人には誰も親身になってくれなくなるし、信用も失います。 人の話に耳を傾けて、しっかり受け止める。 そして、その後をどうするかは本人次第 。 あくまでも 聴いてが前提 ですよね。

第一印象

イメージ
少し前の 数命判断アフター でのこと。 鑑定というよりは話を聞いて欲しかったようです。 その話の主旨は 『 第一印象は侮れない 』ということ。 『 最初に感じた違和感 』 真っ新な心で接しようと思っても、 第一印象 で感じた拭えない違和感。 それはどんどんと大きくなっていく。 その人と接することにより、自分の内の柔らかい部分を歪められる予感。 自らを守らなければ!!という防衛本能みたいなものが作動する。 そして、「ヤッパリか?!」と、後々に分かることが起こる。 はじめは彼女はそんな自らの感覚に罪悪感にも似た感情を湧かせて、無理をして、自分の直感を押し殺して接しようとした。 そんな自分を度量が小さいのではないか?! そういう色眼鏡で見てはいけない。 きっと、良いところもあるだろう。 いや、自分の直感が間違っているかも?と自分を律したらしい。 しかし、後々に 最初の第一印象での違和感 を答え合わせするようなことが起こりはじめる。 人間の野生のカンのような 第一印象 は意味もなく起こるのでは無く、予兆として警戒サイレンが心の中に響いているわけです。 だから、無理をして良い人をする必要は無いし、それを感じる自分を責める必要は無い! 礼儀正しく離れておく!!ってことは決して悪くは無いと思う。 それは 人間が本来持っている防衛本能みたいなもの なんですから。 そんなことを思うアフターでした!

諦めなければ大丈夫

イメージ
葉牡丹を切ったところから 花が咲いた! それを見て思う。 いつからでもチャンスはある! 諦めなければ可能性はある。 成幸の秘訣は 諦めないこと! 諦めてしまえば道は開かない。 諦めの悪さっていう意味では無く、自分自身に対して諦めないことは重要。 必ず、誰でもいつでもチャンスは来るし、それは前触れも無く突然かもしれないが… 諦めずに続けることは1つ才能(*^^*) 諦めなければ、未だ未だ花は咲くよ!

欲どしい

イメージ
『 欲どしい (よくどうしい)』って言葉分かりますか? 私も10年位前に知りました! 関西弁で過ぎたる『 強欲 』のこと。 数命判断 をしてて、お金持ちほど『 欲どしい 』ことを実感します。 そして、お金の無い人ほど気前良し~。 これもまた、不思議なものです! 「玉子が先か鶏が先か」と同様に超お金持ち程「欲どしいからお金持ちなのか、お金持ちだから欲どしい」のか分かりませんが、凄い! 誰しも欲は有りますよね。 当たり前だし、必要です。 因みに、基本として5つの欲があり、その5つの欲に対して対応出来れば商売は成り立つとも言われます。 しかし、私の知るセレブの 欲どしい さったら半端無い! 自分の所のモノやサービスは値打ちがあるとして、他人の売るモノやサービスは全て「高過ぎる」を連呼されます。 数命判断 を依頼してもお金を払おうとはされなかった人は全員億万長者の奥様方。 「えっ?私からもお金取るの? 水くさいわ~」のスタンスで払う気は全く無し。 水くさいって(;¬_¬) 豪華なお家に住み、高級車に乗り、ブランド品を持ち、家族揃って健康で地位も名誉も仕事もあって美味しいものを食べて・・・ そして、私に常に「幸運になることなら何でも教えて、今年の運勢は?ラッキーカラーは?新車買うから番号見て」でお金を払おうとしない(笑) そういう方とのご縁は今では全て切れていますが、 欲どしい の真髄を見せてもらったのは学びにはなりました。 しかしね、そういうマダムは本当の友達には恵まれていない。 そして、他人には 欲どしい のに子供や孫には惜しみないお金を与えて、まるで 金づる のように思われている。 で、遺産争いなどで実は泥沼。 お金はエネルギー そのもの。 エネルギーを溜め込んで澱まして、良いことなんてありません。 エネルギーは気持ちよく循環させてこそ発揮するもの。 身内の中で漏エネルギーさせて遺産争いなどの火花を散らして何になる? 欲は必要ですが、欲どしいはダメ。 過ぎたるは何事も及ばざるが如し。

波瀾万丈

イメージ
数命判断をさせて頂き、 波瀾万丈 で大変な人生と鑑定の出た方ほど「大変と思った事は無く、有難いことばかりです」と仰る。 でも、伺ってみると鑑定通りの数奇な運命でなかなかの苦労人。 反対にタナボタで楽な人生と鑑定の出た方は「大変な人生で…」と大騒ぎで語られる。 が、話にならない位に恵まれ過ぎてる。 不思議なものです!! 喩えとしては違ってるけれど、 確かに生徒でも60点で「良かったょ~」と大喜びする子供も居れば 98点で「何で1問ケアレスしたんだろう~?!」と凹みまくりの子もいます。 大変な人生だったとしても、周りの人に助けられて乗り越えられたら 有り難い !と捉えられる方。 反対に順風満帆なのにちょっと思うようにいかなかったら、ギャーギャーと大騒ぎで恵まれたところに焦点のいかない人。 どちらが幸せなんだろうな~と。 考えさせられます。 反対に、苦労ばかりでも周囲に感謝して穏やかな笑顔で居られる方。 本当に器の大きな優しい笑顔の人は壮絶な人生の試練を必ず乗り越えられていると言えます。 こういう人こそ魅力的で、学ばせて頂きたいと心から思います(*^^*)

押せないこともある

イメージ
数命判断 の時に夢を語られる方は多い。 その夢を押したい! その気持ちは凄くある。 背中をどーんと押せば喜ばれると百も承知です。 でも、状況によっては 押せない !! 特に経済的に関する転職や脱サラには物凄く慎重にしています。 私が本当に父親の病気でお金の苦労をしたから、周りの人にはこんな辛さは味わって欲しくない。 服も靴も鞄も頂きモノ。 したいことも行きたいことも全て我慢して、人の何倍も夜中まで働いても、ひたすら父親の支払いに追われる。 待ってはくれない支払い。 友達の結婚、出産のお祝い。 冠婚葬祭など必要なモノはいる。 本当にきつい時は周囲の人から「恭ちゃん家はいつも夜は真っ暗だねー」と。 節約出来るところがもう無くってね。 真冬でも暖房もせずに部屋の電気も消して我慢して震えていた時期もあった。 いつも人前は明るく笑いながら過ごしてたけれど、とことんお金の苦労をした。 こんな辛い思いだけは誰にもして欲しくないと切に思ってしまう。 そう思う余り、 『数命士』 は 鏡として存在 すべきなのに私の思いが入ってしまう。 でも、この人ならやれる! そう思う人の背中は 押します。 ガンガンと。 押さない 時は時期が悪いか、方向性を誤っているか、甘さを感じるか… 何らかの押せない原因があるということ。

出し切る!

イメージ
今、選挙ウグイス嬢期間中なので特に思いますが、 出し切る!やり切る! これって凄く大切なことのように思う。 確かに要領よくとか、手を抜いてとか、適当にも出来るでしょう。 また、世代的には 全力を出すことが恥ずかしい ことのように、わざと斜に構えてたりすることもある。 シラケ世代 とかってありましたよね。 それ、私的には格好悪いと思う。 クールぶっているのか知りませんが、全力出してダメだった時の保険をかけているというか… 本気出したら凄いけど、本気出して無いからこんなものです!ってスタンス。 めっちゃめちゃ格好悪いですよね。 本気で頑張ってダメだったら清々しく負けを認める。 相手や先方が上回っていたら、凄い!と認める。 こんな風が潔いし格好いい!! やる前から手を抜く時点で負けを認めているのと一緒。 そんなプライドなんて本当に無駄! 運気 的にも 出し切らないと強運は付いて来ない です。 出し切って、やり切った時に運も味方 すると思います。 あなたが神様だったとして、どう思う? 懸命に自分の力を出して頑張っている人。 つまらないプライドで言い訳ばかりして、斜に構えて本気を出さずに頑張っている人をダサいなどとリスっている人。 どちらを応援したくなりますか? まして、人はどちらを応援しますか? 世の中には不条理なこともあって一瞬は正直者がバカを見ることもあるかもしれないけれど。 長い目でみて。 今のスポーツ界や色んな分野で活躍している人を見て、最終的には 出し切る人に運気 は味方している。 私達のウグイス嬢仲間も本当に 出し切って頑張っています!

開運 数命判断

イメージ
人生はその人のもの。 余計なお節介も取り越し苦労も不要なモノとは知りつつも。 私の目の前に来られる人には 幸せに なって欲しい!と願います。 もちろん、目の前の人の学びも奪ってはいけない。 幸せは人によっても違う。 人はみんな各々に価値観も違う。 だから、本人の意思を尊重します。 しかし、 本人自身が自分のことを解っていない ケースで勘違いも甚だしい生き方をされている場合はそれは伝えたい! そこが 『開運 数命士』としての役目 だと思っています。 本人自身が 自らを知って の上での選択する人生は尊重したい。 解っていて選ぶ選択は自由です。 しかし、解っていないからの空回りや方向違いやマイナス思考は「違うよ」と伝えたいと強く思います! それが私の目指している 開運 数命判断!! 最近は特に沢山のご依頼を頂いて感謝です

フェアに

イメージ
スポーツマンシップにのっとり… よく聞く言葉ですよね。 本当の一流選手は 相手の万全な体制を祈る と言われますよね。 自分はもちろんのこと、 相手のことも祈ると 。 頭ではそうすべきと思っていても、ついつい 勝ちに拘る と相手のミスを望んだりと狡い方に意識が向かいそうになる。 それはホンマモノではない。 そんなことで買ったとしても嬉しくも何とも無いというのがホンマモノの考え方でしょう。 相手も万全な体制で臨んで、それに勝ってこそ嘘偽りの無い 勝利 ということ。 WBCを観ていても、スケートなどの世界大会を観ていても相手の好プレイに惜しみない拍手を送っている。 そして、それに対して真っ向精一杯! それに対して観衆も 感動をもらえる 。 しかし、正直なところ。 私は主宰している塾に関しては生徒の地頭の問題や精神力の弱い生徒に関しては、ついつい定員割れしたら良いのになぁ~なんて邪悪な心が湧いてくるんです。 あれだけあの子なりには頑張ったんだから、何とか合格させてやりたい!という心がそんな邪念を抱かせる(苦笑) 本当は生徒を100%信じて何人オーバーでも何倍の倍率でも 実力でクリアしてくる と信じるべきなんですが… もし、そんなことで入学したとしても付いていけなくなったら困るのは本人自身なんだから、それは本人が受け止めるべき学びであると十分すぎる位に理解していても… それでも、ついつい邪な思いが… 今日から 福知山市議会議員の選挙のウグイス嬢 です。 5人オーバーでなかなかの激戦! これも同様ですよね。 オーバーして良かった!と。 民意に問えるのだから。 候補者を信じて、選挙運動員やスタッフさんを信じて ウグイス嬢仲間 を信じて精一杯な選挙戦を。 これでこそホンマモノ。 フェア に堂々と頑張って、そして結果をしっかりと受け止める。 さて、軽やかに楽しく フェア に頑張ってきましょう♪ そこに人は感動をして、応援もしてくれるというものですもんね(*^^*)

素直に飛び込む

イメージ
世の中は 風の時代だ とか。 時代の変換期 とかって言われるようになってきました。 頭では『 風の時代』 に相応しい生き方はどんなものなのか解ってはいる人も居るでしょう。 しかし、実際のところは全く変わり映えしない日常の繰り返しだったり、過去に執着していたり… そんな人が大半でしょう。 出来ない言い訳ばかり探したり、理由を付けては変わろうとしない人が多い。 人は 変化に対してはストレスを感じる 。 悪い環境であったとしても、そこから脱せないのは 変化によるストレス よりも 現状を我慢する方が楽に感じる から。 そんなことは無いのにね。 それじゃ、 追い風 では無く 向かい風。 風の時代 の恩恵を受けるどころか、ぴゅ~んと人生後ろ向きに。 チャンスが来たなら 素直に飛び込む こと。 レッツ!ダイブです。 上から見れば、その悩みも愚痴もちっちゃいことだと思えたり。 足の引っ張り合いなんて上から見れば、全く無関係。 過去の自分の実績や人間関係にも執着するなんてちっちゃい、ちっちゃい! ぽーんと上を超えていこう(*^^)v

幸運の扉

イメージ
映画『ちはやふる』の中に出てきた台詞で「 幸運の扉にはドアノブが無い 」というのがあった! 凄く分かる! 本当に分かる!! 幸運の扉 にはドアノブが無いから誰かが開けてくれたら飛び込まないといけない!!と言うこと。 でね、思うのよ(ここから持論ね) 幸運の扉も色々な扉が有るわけで、どの扉を開けてくれる人と過ごしてるかで 開く扉のレベル が違う。 人同士の付き合いもレベルの差が開き過ぎると仲違いした訳でも無いのに、話しが合わなくなり疎遠になることって有ります。 それは 開く扉 が違って来たの。 出会った時はご縁があったとしても、各々の生き方や自分磨きによって精神レベルが変わるとご縁が切れるのは、開く 幸運の扉 が違って来たのだから仕方が無いこと。 友達とも、「楽しい人と愉しんで過ごしていこう!」と話している。 幸運の扉 が違った人には感謝を持ちつつも執着しないで離れること。 そして、素敵だと感じる人に相応しいように自分のレベルをあげて、 素晴らしい 幸運の扉 の前に立つこと(*^^*) これだね!!

人生一番のターニングポイント

イメージ
これは今までは言って来なかったのですが… それは人生におけるターニングポイントは何回かあるとして、その最も大きな 岐路 は人によってはプラスの場合も有ればマイナス方向へと言うこともある。 プラスへの岐路なら何も問題は無いのですが、マイナスへの分かれ目で、それを乗り越えられていない場合や今もトラウマとなっている場合にはそこを突くのはどうなんだろう? そういう思いからさらりと交わしていたり、敢えて話題にしなかったこともあるんですよ。 正直なところ。 なかなか良い画数の人なら大丈夫ですが、宜しく無い人の場合は 正にその歳に後悔の残るような古傷がまだ存在している こともある。 しかし、 開運『数命士』 としては乗り越えてもらう意味からも伝えるべきかもしれない!と今は思っています。 それは 総格の数字。 私が鑑定書を渡している方は 総格の数字 を見て下さい。 私なら44か45画。 そう、私は若い頃から無料でずっと周囲の人々の 姓名判断 をしてきたけれど、 最初に1名500円 でお友達のレストランの ランチサービス姓名判断 としはじめたのが正にその 年齢 です。 そこから今日の 数命士 恭ちゃん としての最初の一歩だったのです。 今日も友達にその話をするとドンピシャでした。 周囲の人に尋ねても異口同音に顔色が変わる位に 総格の年齢 は大きな岐路のよう。 姓名 って本当に その人の看板 なんです!

高揚感

イメージ
ウグイス嬢仲間で先日話したことですが… 以前に大変壮絶な選挙戦を共に頑張った戦友(選友)です。 勝てないと言われていた現職に対して市民派から押し出した新人候補の陣営。 そりゃ、一騎打ちの凄まじい選挙戦にウグイス嬢も事務所メンバーも一丸となっての決死戦。 皆さんはボランティアで早朝から事務所に集まり、メイン道路などの辻に立って候補者などと共に手を振る。 夜の個人演説会にも分かれて参加したりとウグイス嬢の枠を越えての選挙戦。 開票結果の発表で僅かな票差での当選。 年齢も男女も立場も関係無く、みんなで抱き合って泣きました! 正に高揚感そのもの。 この 高揚感を味わったメンバー は今もウグイス嬢を続けているし、折あることに懐かしい話として盛り上がります! 「あの時は良かったよね!」「感動したよねー」と会う度ごとに。 そして、ウグイス嬢仲間だから選挙の無い時期に疎遠になっても、また会うと 同士、戦(選)友、仲間 と熱い会話となる。 WBCなどとはレベルは違うし、地方都市の選挙では比べるのも失礼ですが… レベルは雲泥の差であったとしても、人生の中に泣いて抱き合う位の 熱い感情をもてる 機会を得たことは大きい。 人生でたとえ一度でも 熱い感情を味わった ことがあるのと無いとでは大違い。 高揚感を知っている人生と知らない人生 とではまるで奥行きも深さも違う。 一度位は震える位の感動を味わっておくのは必要なことのように思います。 特に若い頃は仲間と何かにスポーツでも音楽でも何でも構わないので人生の熱い季節を過ごして欲しい。 その訳はこれを味わった人は 運気が格段に強い と思うからです。

依存は破壊

イメージ
依存! この話は少々ややこしいのですが、この話も書いておかなくっちゃ!のタイミングかな~?と。 ある女性はやり手で大流行の店を経営。 年下パートナー男性と共同経営。 はじめは男性が年上の女性に憧れてのスタートでお店は順調で繁栄。 才能に溢れる女性の軸の元に経営を展開。男性はリスペクトで従われていた。 それが、ある時期から女性がどんどんと男性のことが好きとなったというか… 依存なのか? その辺りから男性が優位になってきた。 あんなに男性の方が年上女性の手腕を褒めていたのが、いつの頃からか女性は年下男性をヨイショするように褒めはじめる。 傍から見ていると滑稽! しかし、年上の女性は何でも年下男性にお伺いを立てる。 そして、何でもかんでも絶賛する。 決して良いアイデアでも無いのに両手をあげて賞賛。 そうして、何でも従いはじめられる頃から傾きはじめた。 だって、センスがあるのは女性の方。 女性主軸でスタートして好評なのにセンスの無い男性のイマイチな発想になれは低迷していくのは火を見るより明らか。 女性の手腕に付いてきた従業員や取引先は離れていく。 そして、その男性をヨイショする取引先ばかりが出しゃばってくる。 そんな男性のことを必死に褒めまくる女性経営者。 傍らで見ている人は年上女性が男性に捨てられたくないからいいなり?! 嫌われないように何でもいいなり。 折角のセンスが完全に恋の執着で封印されてしまった! そして、その店は潰れた。 そして、泥沼の別離。 依存 が全てをつぶした! こういったのを数件みてきた。 プライベートはいざ知らず、仕事面に 依存 が入ると正しい判断が出来なくなる。 そこは一度振り返るべきところかもしれませんね。

オープンカーでお着物姿

イメージ
超厳つい感じのオープンカー(姓名)に乗ってるとする。 しかし、どうしても自分の趣味は譲れ無いと頑固にお着物姿(生き方)で運転。 これって、ちょっとした撮影ならミスマッチでそれはお洒落かもしれない。 しかし、ロングドライブにこれって如何なものかしら? セットした髪型は風でボサボサに。 祖母からの形見分けの簪や髪飾り(才能)は飛んで行ってしまうかもしれない。 そして帯の締め付けで苦しく、草履ではブレーキやクラッチも踏み辛い。 決して オープンカーを活かす運転は出来ない ですよね。 例えば、オープンカーに乗ってるならばサングラスをしてれば強風でもゴミも入らないし、コンタクトも快適。 そして、ポニーテールとかにまとめていれば邪魔にもならない。 ジーンズにスニーカーなら 快適なドライビング が出来ますよね。 数命判断 では喩えるなら、貴方の乗っている 車種 をお伝えするようなもの。 案外、人のことは解るのに自分のことって解らなかったりするもの。 だから、 鑑定の類のモノは本人だからこそ気付いていない車種を伝える。 そのことによって、 車種に合わせた服装にすることによって快適なロングドライブ(人生) がおくれる。 安心安全で楽しく最高に車の性能を活かせるナイスな旅となる。 時々、 良い姓名なのに全く人生が上手くいかないのですが …と言われるのはこれ。 車種に合わない服装や出で立ち (良い姓名に合わない生き方をしている)。 そして、 車種 を伝えても 頑なに合っていない服装を貫き通す人 もいる。 それはその人の自由です。 簪や髪飾りが飛ぼうと構わないし、草履で上手く足捌きが出来なかろうと、着物が着崩れてボロボロになろうと厭わない。 それならば本人の自由です。 そういう生き方も有りだろうし、損とか効率とかを重視しないのならば、それも自由ではあります。 但し、それで事故ったからと言って大騒ぎしても仕方ない。 祖母の形見の簪が無くなったと嘆いても仕方ない。 それが良くって選んだ、敢えての道ならばご自由にと言うしかないし… SOSを出されても救いようが無い。 それは覚悟の上のはず。 人生のドライブが上手くいかない としたら、その上手くいかない選択をわざわざとしたのだから予定通りの結果です。 ならば、堂々と貫いて下さい! 泣き言は言わずに、後悔もせずに、上手くいって...

2:2:6の法則

イメージ
人間関係で言い古された法則ですが、 『 2:2:6の法則 』。 2割の人が自分に好感あり 2割の人が自分を嫌ってる 6割の人が自分に関心無し 稀に違う人も居るけれど、一般的にこの割合位が多いと言われる。 で、私は曾ては仕事柄もあって誰からも嫌われないないようにしなければ!と思っていたんです。 そんなことはあり得ないのに不毛な努力をしていた訳です。 つまりは6割の無関心な人のところに愛想を振ってしまっていたのでしょう。 嫌う人がいるのは解っていたから、そこの2割は初めからアウト オブ 眼中としつつも、6割のところに食い込もうとしていた訳です。(笑) でも、流石に気付きました。 好感を持って頂ける2割の人だけで十分だわ~!!っと。 いや、寧ろ2割もあったら上等過ぎ! 深追いしないと楽になる(*^^*) 潔く清々しく!!

節目

イメージ
私もそうなんですが…何歳の時に何をしていたとかがあやふやです。 昨年も自分の年齢を間違えて、1歳上にずっと言ったり書いたりしていた(^0^;) なぜに上にサバをよむ?! 自分が怖いわぁ… また、お子さんのいらっしゃる方は 子供の年齢で自分の歳のことを推し量る人 も女性には多くて、きっと、自分の人生よりも子供の人生を生きてしまわれたんだなぁ~と推測出来たり。 さて、そこで 節目 の1つは 30歳 。 これは昨日にも書きましたが… 結果的には30歳以降の遅咲きや大器晩成もあるけれど、 30歳までに 何らかの下地や種まきなどの前兆無くして成果は出ないと私は思っています。 例えば、 若い頃から音楽を沢山聴いていた、独学であっても楽器やPCで打ち込みをしていた。 本を沢山読んだり詩を書いたり、映画やドラマを沢山観ていた。 しかし、目に見える成果は無かった。 こんな場合はきっかけやチャンスが有れば30歳以降に花開くこともあるだろう。 種まきや下地が出来ている。 しかし、引きこもって親のお金で毎日ダラダラとしていて。 自分探しと称してプライドと年齢ばかりが高くなり、周囲の頑張っている人をバカにしながら夢うつつに怠けている人は30歳以降に花開くことは無い! その ボーダーラインが30歳。 それと、 姓名判断業界 では 総格 の年齢の時が節目と言われる説もある。 私の場合は44画だけれど、 ドット を打っているので 45画。 つまりは45歳が節目 だったはず。 だから、あまり多い 画数 は年齢も高くなる分だけ 節目 も年齢を重ねてからだから、チャンスが何ごとにおいても損ではある。 だって、職業にやっては採用年齢に上限があったり、結婚はいざ知らず出産などはやはりリミットがある。 人によっては 節目 とすることの種類が様々だから一概には言えませんが。 私の藤原なんて名字で既に31画と遅咲き以外に道は無し。 だからこそ、 画数の多すぎる名字 の家はお子さんの 名前は画数を少なくすることをお勧め します! そして、あとは 65歳前後 。 この辺りで亡くなられる方も案外多いですしね。

30歳からの生き方は顔に現れる

イメージ
昔読んだ本に書かれていた。 『 30歳迄の顔は神様と親が下さった顔で、30歳以降の顔は自分で作る顔 』 なるほど~。 数命判断 でも 30歳 は1つの区切り。  30歳迄 を 青年期の運勢 として、家の影響や親からの価値観等を強く受ける時期。 そして、 30歳から65歳 を人生の中心運として 主軸 と考えます。 だから、 30歳 からの生き様が顔に出るってことなのね。 成人は二十歳だし、20歳位に自立したり独立する人も多いけれど、親の援助があったりして成立している方が大多数。 本人だけの力で完全自立とそうは簡単にはいかない。 本当の意味では 30歳位 まではかかるってことなんでしょう。 若い頃美男美女だった同級生に何十年ぶりかに出会った時に変わらずの場合も有るけれど、表は良くても意外に魅力無いなぁ~と感じたり、 また、反対に子供時代はパッとしていなかったのに、中年になってエエ味出てるなぁ~ってことも有るよね?! いい生き方をしたらイイ顔になる! 生きてたら色んな事が有る。 辛いことも苦しいことも有る。 けれど、とにかく笑顔で乗り越えたらイイ人生の顔になれるかな? 笑顔で乗り越えよ(*^^*)

刷り込み

イメージ
刷り込みは侮れない! 私の小学校から高校の間。 親戚のおじさん達は私の顔を見る度に「小さい頃(6才迄)は可愛らしかったのになぁ~」と口を揃えて残念そうに。 お正月、冠婚葬祭といつ出会っても挨拶代わりにこの台詞。 他に言うこと無いのか?!と思う位に異口同音にこればかり。 悪いジョークと捉えようと思春期に「可愛らしかった?!「た」じゃなくって今もでしょ~?!」と抵抗も何度も試みた。 その度に困惑して言葉を失って辛そうにする親戚のおじさんに気を遣ってその抵抗もいつしか諦めた。 大人になってからも、この台詞を私に言い続けるおじさん達にも慣れて平気になってしまっていた! つまりは 受け入れていた ということ。 私は平気になると同時に「自己評価の低さ」として当たり前に 擦り込んでいた のかもしれないなぁ~と。 もちろん、人間は容姿だけでは無くって内面などの評価も有るから自分を卑下してる気は無かったけれど、 けれども、マイナスの評価を当たり前としてたことは確か。 そう言ってたおじさん達も何の悪気も無くって、単に感想を言ってただけかも?しれないが私への『 刷り込み 』をしていたことだけは確か! この歳になれば、私にとってはどうでも良いことだけれど… 身近な子供達に悪気は無くとも『 マイナスの刷り込み 』はしないように心掛けて下さいね。 どうせなら、『 プラスな刷り込み 』を!

烏,鳶,鷹,

イメージ
最近に聞いた言葉 『烏(カラス)が鳶(トンビ)になった位で調子にのるな! 鷹(タカ)になるまで大きな顔するな!』 なるほどなぁーと。 そりゃ、ま、そうだ。 考えてみれば上には上が居て、よくよく考えてみるに、果たして自分はカラスにすらなれているのだろうか?! カラスは賢いって言いますからね。 人の顔を覚えているし、記憶力も抜群と言われます。 人の顔が致命的に覚えられず、記憶力もどんどんと鈍る一方の昨今。 調子にものれません! 大きな顔も出来ません!! 謙虚に自分の器を大きくすることを頑張らねばと思います。 この卯年の初夏は種まきをすれば、巳年に刈りとれると言われます! 種まき(学ぶ種)をして、大きな器の花を育て、実りを得るためにも日々学びですね!

数命判断の道

イメージ
世の中に閉塞感と不安感が募っている時期には占い等が流行る傾向に有ります。 私もその類の生業と言われれば、その通りです! 私の周囲には『研究者か?!』と言う位に突き詰めて明けても暮れても研鑽を積んでいる人が多い。 私もそりゃ勉強しまくりました! プロとしてやる前にどれだけの月日と時間を費やしたか分かりません。 人の人生に関わるのだから真剣だし、貪欲に学びを続けています! 当たり前です! 寝ても醒めても常に頭の中にある。 しかし、この不安定な世の中に乗じて適当に『なんちゃって』や『もどき』の人もやたら増えたように感じます! お遊びでやる分には構いません。 また、自分のみの生き方の指針にするのも自由です。 でも、人に対してお金を頂いてする以上はしっかりと勉強してからにすべき。 学んでも学んでも奥が深くて、研究することが尽きない『 道 』です! 安易に無責任にすることは人を惑わすこととなり、罪深いです! 『当たるも八卦、当たらぬも八卦』とは申しても一か八な占いでも与える影響は大きいと自覚して欲しい!と思います。

老いの心理学

イメージ
10年以上前に心理学の研究コースに通っていた。 毎回のお題が違ってて面白かった。 例えば「恋愛心理学」「結婚心理学」「離婚心理学」や「子育て心理学」といったものもあった! どれも実践されることも無く今日に至っていますが、「老いの心理学」はやっと役に立ちそう(笑) 「結婚心理学」では「wedding」の語源はラテン語の「ウッド(賭け)」から来ていると。 そのため、ギャンブラー的なところが無いと結婚に向かない!と言われていたとか。 そこよ、そこ。 哀しいかなギャンブラー要素皆無! って言うか、掛け金を端っから持って無かったわ(笑) 「 老いの心理学 」では「晩年の人生と夕暮れは人を成長させる」と。 老いる = 完成する ピンクのお家に住む占いババアとして味の有る 完成 を目指すか~!

暇な人の種まきは

イメージ
次々と目まぐるしい日々を送っていると、過去のことを考えている暇もない。 また、目の前のことに全力を尽くしていたら他の些細なことに費やす脳のスペースは無い。 以前に 数命判断 でご近所の嫌がらせや妬みの意地悪をされて困っていらっしゃる方からの相談を受けた話を整理してみると。 共通点がありました。 その嫌がらせをしている女性達の共通点は『 ガーデニング』 などのお庭作りに励んでいらっしゃるそうです。 とても素敵なお庭に暮らしていて豊かな生活なのになぜ?嫌がらせをされるのか? 私も草引きをしますから、何となく想像がつきます。 それは 暇 なのだ!と。 忙しい時は単調な草引きとかをしつつも、仕事のことや色んな段取りのことで頭は一杯です。 でも、たまに暇だからと草引きをしてると頭の中は何も考えることが無いと無駄などうでも良いようなことがムクムクと。 すると、悶々としてきて マイナス思考 になりそうになる。 これを繰り返しているとロクでも無い方向に行ってしまう可能性が高い。 趣味や楽しみをしっかりと持っていて、ガーデニングをしている最中もイメージを湧かしたりとワクワクしている人は良い。 しかし、暇を持て余しての見栄張りガーデニングをしている人の頭の中はドロドロなんてこともあるのかもしれないなー?と。 さぁ、皆さんもご近所で豊かで暇を持て余してのガーデニングをされている方がいる場合は念のためご用心されるのが良いことかもしれませんよ? 暇は不毛な妬みの種を植える こともある!

数命判断は鏡を見るようなもの

イメージ
人生の分岐点は大小取り混ぜて日々やってきますよね。 望まずしても… そこで迷われる。 そして、ご相談を受けることも多い。 道は幾通りもある。 どの道を選ぶかは本人の自由。 だから、勝手に人の步む道を指し示すことはしてはいけないこと。 あくまでも選択はその人。 でも、案外自分のことって分かり難い。 服装のコーディネートで喩えれば、自分では自らの姿も部分的にしか見えない。 鏡に映してはじめて客観視出来るもの。 器用な人はウインドウガラスでチェックしたり、感覚で上手く捉えたり。 また、コーディネートしてくれるパートナーが居る人はいい(パートナーのセンスが良ければのことだケド(笑)) でも、 鏡 に映してみて分かることも… 同様に自分のことは客観視は難しい。 その 鏡の役目 をする一つの手段として 数命判断 も有ると考えています! 鏡 が「ちょっと、そのコーデはイケてませんがな~」とは言わない。 鏡とケンカになる人も出るかも? 鏡 を見て、どう判断するかは本人次第。 鏡 としてのお役目を出過ぎず、奢らず、燻まず、曇らずを心に止めてはいます。 でも、『光の差し方』によっては映り映えは違うはず。 そこのところは恭ちゃんライティングの腕ってとこかな? 神様のご神体に『 鏡 』というのも深いなぁ~と常に思います。